ちょうどファーグ氏が立ち去り,ジェームズに鈍く残る頭痛だけを残して行ったとき,テイラーが彼のそばに現れた.彼女は手紙を渡し,静かな声で言った.
「ご両親からです.」
ジェームズは手紙を広げ,ざっと目を通した.顎を強く引き締めると,その手紙を握りしめた.
「…また来ないってことか.」
テイラーの口調は穏やかなままだった.「ええ.楽しんでるみたいですね.」
彼は苦々しい笑いを漏らした.「楽しんでる,か.こっちは帝国の運営に縛られてるのに.」
テイラーは彼に目をやり,慎重に言葉を選んだ.「でも,うまくやってますよ.会社はあなたのもとで成長してる.」
彼は手紙をポケットに突っ込み,冷たい声で言った.「成長?ガムテープでどうにか繋いでるだけだよ.あいつらは永遠のバカンス中ってわけだ.少しくらい気にかけろっての.」
テイラーはオフィスのドアの前で立ち止まり,表情を和らげた.「もしかしたら…あなたを信じてるんじゃないですか?もう,自分たちがいなくても大丈夫だって.」
「いや,ただ興味がないだけだろう.」彼は苦々しく呟いた.
テイラーは言葉の重みを感じながらも,どう返すべきか分からずにためらった.そして少し姿勢を正し,プロフェッショナルな口調に戻った.
「サー,ソン社の代表が来週いらっしゃいます.契約条件の最終確認のためです.デスクに最新の書簡を置いておきました.」
ジェームズの怒りが再燃した.「最高だな,また仕事か.」
彼はオフィスのドアを押し開け,髪をかき上げながら中に入った.テイラーも後に続いたが,一定の距離を保ったままだった.
彼は深いため息をつき,デスクの縁に腰を下ろした.「なあ…これに疲れたことはあるか?」
テイラーは不意を突かれて瞬きをした.「サー?」
「これだよ.全部だ.会社も,会議も,作り笑いも.『愛してる』なんて書いてくる,嘘くさい手紙もさ.全部投げ出したくならないか?」
テイラーは彼のデスクの向かい側に立ち,一歩近づいた.「ええ,疲れることもあります.でも…それが私の選んだ道ですから.」
彼は天井を見上げながら背もたれに寄りかかった.「それが問題だ.俺は選んでない.ただこのクソみたいな遺産を押し付けられただけだ.」
テイラーの視線が優しくなった.「あなたは,自分が思っているより強いですよ,ジェームズ.会社を運営してるだけじゃない,生かしてるんです.それって,簡単なことじゃありません.」
彼は静かに呟いた.自分に言い聞かせるように.「でも…それでも足りないって日もある.」
重苦しい沈黙が2人の間に漂った.テイラーは居心地悪そうに身じろぎし,一歩近づいた.優しく語りかける.
「ジェームズ…本当に話がしたいときは,いつでも言ってくださいね.私は,ここにいますから.」
彼は驚いたように彼女を見上げた.「今まで,俺がどんなに酷い扱いしてきてもか?」
彼女は小さく,どこか照れくさそうに微笑んだ.「それも,私のもう一つの仕事ですから…サー.」
彼から小さな笑いが漏れた.首を振りながら言った.「まだ"サー"って呼ぶのかよ.わざと俺をイラつかせてるな?」
彼女はほのかに笑った.「あなたがそれに値する時だけです.」
空気が少し和らぎ,気まずいながらも微笑み合った.しかしその瞬間は長く続かなかった.ジェームズがまばたきをすると,視界がにじんだ.突然,めまいが彼を襲った.彼はデスクの端をつかみ,体勢を保とうとした.
「テイラー…なんか,変だ——」
彼の膝が崩れ,体が倒れた.
「ジェームズ!」テイラーは叫び,彼の元へ駆け寄った.
彼女は膝をついて彼のそばに倒れ込み,震える声で呼びかけた.「ジェームズ,聞こえますか?」
彼の体は力なく横たわっていた.彼女はパニックになりながらも彼の体を優しく揺さぶり,震える手でスマホを探した.